あなたを怒らせる人に感謝して下さい。
その人たちは素晴らしい価値を持っています。
なぜなら、自分自身を理解するのに最も役立つからです。
あなたの人生で出会うあらゆるすべての人々は、
あなたに何かを教えようとしています。
あなたに何を教えようとしているのか見極めることができれば、
他人に対するいらだちが和らぎます。
イライラを感じた時は、自分に次のように尋ねてみて下さい・・・
「彼は、私に何を教えようとしているのだろうか?」と。
人間は誰でも皆、毎日ある程度の批判を受けながら生きています。
他人から批判されたり、攻撃されても、
反撃したり、拒絶したり、身構えるのではなく、
素直に「あるがままを受け入れてしまう」ことです。
なぜなら、反撃をした後に残るのは、
不安と後悔という「まずい後味」だけだからです。
「受け入れてしまう」ということは、
「怒り」に囚われ、コントロールされるのではなく、
「怒り」に自由を与え、手放すということです。
変化に逆らうのをやめて、現実を受け入れてしまえば、
どんな状況でも楽しむことができます。
「受け入れてしまう」ということは、
心を開いて自分の人生に「選択の自由」
というスペースを与えるということです。
そのスペースで、あなたは「怒り」を選択するのではなく、
「思いやり」を選択することもできるのです。
言動を起こす前に「選択の自由」を楽しんでみて下さい。
そうすることによって、以前のように悩んだり苦しんだりしないですむでしょう。
批判することは、私たちから幸せを奪っていきます。
裁きの心は、誰も癒すことはできません。
聖書に次のような言葉があります・・・
「なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、
自分の目の中の梁には気がつかないのですか?」と。
私たち人間は、自我以外に敵はいません。
私たち人間は、自我以外には、いかなる敵も持ちません。
ガンジーのシンプルで素晴らしい言葉・・・
「握りしめた拳では、握手はできない」