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自分の人生に責任をもとう 
2022/07/31 生活

わたしが「人生ではなにごとにも自由が認められているし、どんな自分でいてもいい」
というお話をすると、

「ダメな自分でいてもいいんですよね?」
と言われることがあります。



わたしは、
「あなたがそれでいいのなら」と答えます。

それは、「あなたの人生」だから。

つまり、「あなたが決めること」だからです。



よく引き合いにだされる究極の質問のひとつに、

「なにをやってもいいなら、人を殺してもいいのか」

というものがありますが、やっぱりわたしは同じように答えてきました。



もちろん、対象がわたしやわたしの家族であったなら、もちろん「ノー」です。

それは、「自分のことがかわいい」というレベルの問題ではなく、
その場合は、「あなた」の問題ではなく、「わたしの」問題になるからです。



「人を殺すことをどう思うか」に対する答えは、
その人の状況によって、変わるものです。


事故で愛する人をなくしたとき、加害者を殺したいという感情をもっている人がいたとしたら、
「殺人はダメだ」という薄っぺらな善悪の判断は、
その悲しみの前になんの助けにもならないし、
それどころか、被害者の方をさらに哀しみの淵に突き落とすことになるでしょう。


「殺人はダメだ」と言っている人たちの多くが、
防衛のための武装を容認していますし、
実際に戦争状態に突入してしまえば、その価値観は一転してしまいます。


長い長い人類の歴史の中で、それはすでに証明されていることです。



わたしたちは、無意識のうちに
他者の承認を求めて生きています。


「ダメな自分でもいいですよね」と問いかけるとき、
本当は自分のことなのに、あなたの人生になんの責任もない他者に、
「ダメな自分」を認めてもらおうとしているのです。


他者とは、「血のつながり」とは関係ありません。



たとえば肉親でも同じです。
「お母さんに言われた通りに生きてきたんだから、責任とってよ!」
と言ったところで、どうにもなりません。
 
 

ご存命中は助けてもらえることもあるかもしれませんが、
亡くなってしまったら、自分の人生に責任をもって生きていくしかなくなります。


どんなに頼りがいのありそうな人であっても、残念ながら
他の誰かがあなたの人生を一生責任をもって肩代わりしてくれることは絶対にありません。



「自分で決めるのが苦手」な依存タイプの人には、
うまい具合に「世話好きな人」を自分の人生に迎えられた人もいます。
パートナーがお母さん代わりになってくれたりして、
実際には、あまり困っていないのも事実です。


実際に、昔は結婚したら添い遂げるのがあたりまえで、
辛抱強い「世話好きな人」は、
暴力を振るったり、ひどくわがままをいう相手でも、
生活のため、子どものため、と諦めて一緒に過ごすという選択をしてきました。
 

今までの社会は、「常識」というコントロール下に不自然なありかたを成立させてきました。


ですが、最近はその「常識」もほころびはじめ、離婚も増えてあたりまえになってきましたし、

「結婚したかぎりは一生添い遂げなければいけない」

という価値観が崩れてしまったので、
ひどい状態を長く我慢し続ける「世話好きな人」も
少なくなりました。
 


しかし今もなお、「依存する人」と「世話好きな人」は両方存在しているので、
運よく「世話好きで自己犠牲をいとわないパートナー」を見つけられれば、「依存する人」でいられるかもしれません。



それでもわたしは
「自分の人生に責任をもつ」
ということを忘れずにいたいと思っています。


それが、他者への感謝をもたらしてくれる原点だからです。


「依存する人」には、過去の自分への自戒を含めてですが、感謝がありません。
 
 

知らず知らずのうちに自分の人生の責任を他者に委ねてしまっているので、
「やってもらってあたりまえ」になっているのです。

 

「感謝しなさい」と賢人たちが伝えているとおり、感謝はとてもパワフルな開運法です。
でも、「依存する人」の多くは「感謝できない」といいます。


「感謝できない」のは、「自分のことを」やってもらっているという感覚がうすいから。


ほとんど無意識に、
「世間のいうとおり」「両親のいうとおり」「先生のいうとおり」やってきたという人は、
「優等生」の人がほとんどです。


たとえば、ひどい成績をとってきたときに、お母さんががっかりしたら、
「自分のせいだ」と思いつめてしまうような繊細さをもっているような人でもあり、
他者と自分との境界線があいまいな人だったりするのです。
 


つまり「自分のこと」と「他人のこと」という感覚が希薄なので、
いつのまにか、相手に全部委ねてしまって、
「自分のこと」をしてもらっているという感覚がなくなってしまうのです。


「自分のこと」を誰かがしてくれている。
その感覚を思い出せると自然に感謝はわいてきます。


ご飯を食べるとき、

つくってくれる人、
お米を育ててくれる人、
運んでくれる人、
お店の人、
そして食べもの自体に、


たくさんの「自分に向けられた愛」を感じることができれば、
自然と感謝がわいてきます。


あなたがもし、感謝が足りないと感じていたなら、
まずは、「自分のこと」を意識する練習をしてみませんか。


「あなたのすること」は、あなたの大切な人生の一部なのですから。
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Yuriel

〜 魂のテーマをナビゲート 〜 ☆「癒すこと」が目的でないホリスティックカウンセリング&スピリチュアルコーチング☆ A Course in Miracles(奇跡のコース)をベースにした、 超意識を活用したカウンセリングをしています。 ある時期には、電話占いサイトを中心にスピリチュアルカウンセラーとして 4年でのべ5000人以上のスピリチュアルリーディングをさせていただき、い... >>続きを読む

 

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