
私には、1歳半になる男の子の孫がいます・・・・・
彼は、ママと散歩に出かけると必ず、すれ違う見知らぬ人々すべてに、
微笑みながら頭が地面につきそうになるまで深々とお辞儀をします。
それを目撃した見知らぬ人々は、同じように彼に対して深々とお辞儀を返して、
「こんにちは!」
と声をかけてくれます。
彼は微笑みながら沈黙しています。
彼は、沈黙と静寂だけで大人の分離意識を破壊し、
いとも簡単に平和を実現させてしまうのです。
その光景を見た私は驚嘆しました。
なぜなら、誰かが彼に
「お辞儀をしなさい!」
と教えたわけではないからです。
彼は、ただ単に、「行為」を楽しんでいたのです。

彼は何かを期待したり、欲しがったりするのではなく、
ただ単に、お辞儀という「行為」を楽しんでいるのです。
幼児は皆、「行為者」という自我が不在で、
「行為」自体を純粋に楽しみます。
彼らは「純粋な意識」に一番近い存在であると言えるでしょう。
しかし残念なことに、人間は成長する過程において、
「純粋な意識」に自我というヴェールをかけていきます。
そして「純粋な意識」を覆い隠し、
外側に幸せを求めるようになるのですが、
その望みはかないません。
なぜなら、私たち人間の至福とは、
ヴェールに覆い隠された内面の「純粋な意識」だからです。
私は孫に対して、「何が正しいとか、何が間違っている!」
というようなことは言えません・・・・・
もちろんママは、
「これはダメ! あれはダメ!」と躾をしていますが(笑)。
彼の純粋な眼差しは、私の身体を突き抜け、
その背後にある深淵な叡智を眺めているようです・・・・・
